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静岡地方裁判所 昭和35年(ワ)162号 判決 1961年1月31日

判  決

静岡市南七六番地

原告

山本清尹

右訴訟代理人弁護士

鈴木一弘

静岡市清閑町八八番地の二

被告

浅井勝蔵

(外三名)

右被告三名訴訟代理人弁護士

天野儁一

当裁判所は、右当事者間の昭和三五年(ワ)第一六二号家屋収去土地明渡請求事件につき、つぎのとおり判決する。

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告に対し、

(一)被告浅井勝蔵は、静岡市清閑町八八番地の五にある宅地四八坪五合三勺のうち、別紙図面ニ、ハ、ヘ、ホに結んだ線で囲まれた部分一八坪四合六勺を、その地上にある木造木皮萱平屋建居宅一棟建坪九合五勺を収去して、明渡し、昭和三二年七月一四日から、右明渡がすむまで、一ケ月金二、〇〇〇円の割合による金員の支払を、

(二)被告浅井まさ、同浅井義幸は、右宅地四八坪五合三勺のうち別紙図面イ、ロ、ヘ、ホを結んだ線で囲まれた部分一八坪九合七勺を、その地上にある木造杉皮萱平屋建居宅一棟建坪八坪を収去して、明渡し、各自昭和三二年七月一四日から、右明渡がすむまで、一ケ月金二、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は、昭和二一年二月一日訴外山梨金蔵から、その所有に係る静岡市清閑町八八番地の五(当時は、同番地の三、)にある宅地四八坪五合三勺を代金五〇、〇〇〇円で買受けた。

その後、山梨金蔵は、昭和二八年一〇月二一日死亡し、その相続人である訴外山梨賢一、同山梨らく、同飯塚すみは、右売買契約を確認し、昭和三二年七月一一日同人らから原告に右宅地を売渡したこととして、同月一三日その旨の登記を経由した。

二、しかるに、原告が右登記を経由した当時から、

(一)被告浅井勝蔵は、右宅地のうち、請求の趣旨第一項(一)記載の部分一八坪四合六勺(以下第一の土地と称する)を、原告に対抗しうる権原がないのに、その地上に、請求の趣旨第一項(一)記載の建物(以下第一の建物と称する)を建築所有して引き続き占有して原告の使用収益を妨げ、一ケ月二、〇〇〇円の割合による損害を与え、

(二)被告浅井まさ、同浅井義幸は、前記一記載の宅地のうち請求の趣旨第一項(二)記載の部分一八坪九合七勺(以下第二の土地と称する)を、原告に対抗しうる権原がないのに、その地上に、請求の趣旨第一項(二)記載の建物(以下第二の建物と称する)を建築所有(共同)して、引き続き占有して原告の使用収益を妨げ、共同して、一ケ月金二、〇〇〇円の割合にいる損害を与えている。

三、よつて、原告は、右土地に対する所有権にもとづき、

(一)被告浅井勝蔵に対しては、右第一の土地を、その地上にある第一の建物を収去し、明け渡すとともに、原告が右土地について、所有権取得登記を経由した日の翌日である昭和三二年七月一四日から、右明渡がすむまで、一ケ月金二、〇〇〇円の割合による損害金の支払をなすべきことを求め、

(二)被告浅井まさ、同浅井義幸に対しては、右第二の土地を、その地上にある第二の建物を収去して、明け渡すとともに、前記昭和三二年七月一四日から、右明渡がすむまで、各自一ケ月金二、〇〇〇円の割合による損害金の支払をなすべきことを求めるため、本訴に及ぶ。

第三、被告らの求める判決

主文同旨の判決を求める。

第四、被告らの答弁および主張

一、原告主張の事実中、第一の土地および第二の土地を含む原告主張の土地がもと山梨金蔵の所有であつたこと、原告が昭和三二年七月一三日右土地につきその主張のごとき所有移転登記を経由したこと、昭和三二年七月一四日いらい被告浅井勝蔵が、右第一の土地上に第一の建物を建築所有し、右土地を占有していること、被告浅井まさ、同浅井義幸が、右第二の土地上に第二の建物を建築所有し、右土地を占有していること、山梨金蔵が昭和二八年一〇月二一日死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、被告浅井勝蔵および訴外浅井健三は、共同で、昭和二五年五月二二日山梨金蔵から、右第一および第二の土地を代金三六、五〇〇円で買受け、その後、右第一の土地を被告浅井勝蔵の、右第二の土地を浅井健三の右所有としたのであるが、浅井健三は、昭和三四年六月二八日死亡し、被告浅井まさ、同浅井義幸が相続により浅井健三の右所有権を取得したものである。

三、なお、被告浅井勝蔵および浅井健三は、山梨金蔵と前記土地の代金は、当初一六、五〇〇円を支払い、残額二〇、〇〇〇円については、二、〇〇〇円の利息を付し、昭和二五年一〇月三一日および昭和二六年三月三一日に右金一一、〇〇〇円ずつを支払うことを約し、昭和二六年六月頃までに二八、五〇〇円を支払つた。その後山梨金蔵の相続人の一人である山梨賢一は、昭和三〇年一〇月三日頃、被告浅井勝蔵および浅井健三に対し、右代金残額を同年一〇月一〇日までに支払うこと、もしその期日までに支払わないときは、右売買契約を解除する旨の意思表示をしたので、被告浅井勝蔵は、九、〇〇〇円を右山梨賢一方に持参したが、受領しないので、同被告は、同年一〇月八日これを静岡地方法務局に供託した。

第五、これに対する原告の答弁

被告ら主張の事実は否認する。

第六、立証(省略)

理由

一、第一および第二の土地を含む静岡市清閑町八八番地の五にある宅地四八坪五合三勺が、もと山梨金蔵の所有であつたことは、当事者間に争がない。

二、成立に争のない乙第九号証(契約書)には、山梨金蔵が昭和二一年二月一日原告に対し、右宅地を代金五〇、〇〇〇円で売渡した旨の記載があり、また、成立に争のない乙第八号証(覚書)によると、山梨金蔵の相続人である山梨賢一らは、山梨金蔵のなした右売買を確認し、原告のため、その所有権移転登記をした旨の記載がある。

しかしながら、右乙第九号証に貼付されている二円の収入印紙が昭和二三年一〇月一一日以降発行されたものであることは、昭和二三年大蔵省告示第三四三号によつて明かであること、右売買代金五〇、〇〇〇円は、当時の物価水準にくらべて、きわめて高額であること、その代金の支払方法につき、原告は、昭和二一年四月三日までに現金で五〇、〇〇〇円を支払つた旨供述しているが、当時は、いわゆる現金封鎖の行なわれた時代であつて(旧日本銀行券の預入が、同年三月十日までに行なわれて、封鎖されたことは同年二月一七日施行された金融緊急措置令、日本銀行券預入令、臨時財産調査令などによつて明かである)、特別の事情のない限り(この点に関しては、原告は、なつとくのゆく供述をしていない)、かような支払は不可能と考えられること、成立に争のない乙第六号証によれば、山梨賢一は、昭和三二年四月一七日原告のため、債権額二三〇、〇〇〇円、弁済期同年六月一四日という債権の担保として、右宅地に抵当権を設定したものと認められること、を総合すれば、右乙九号証は、後日作成されたものであり、右乙第八号証は、原告と山梨賢一とが相謀つて、虚偽の内容を記載したものであつて、昭和二一年二月一日山梨金蔵が原告に対し、前記宅地を売渡した事実はなかつたものと認められる。(後略)

三、(証拠省略)原告は、昭和三二年七月一一日山梨金蔵の相続人であり、当時の所有者である山梨賢一、山梨らく、飯塚すみ子から、前記一記載の宅地四八坪五合三勺を代金二三〇、〇〇〇円で買受けたことを認めることができ、(中略)原告が同年七月一三日その旨の登記を経由したことは、当事者間に争がない。

四、(証拠省略)被告浅井勝蔵および訴外浅井健三は、共同して、昭和二五年五月二二日山梨金蔵から、前記一、の宅地のうち第一および第二の土地合計三七坪四合三勺を代金三六、五〇〇円で買受け、その代金は、当初一六、五〇〇円を支払い、残額二〇、〇〇〇円については、二、〇〇〇円の利息を付し、昭和二五年一〇月三一日および昭和二六年三月三一日に右金一一、〇〇〇円ずつを支払うこととし、昭和二六年六月頃までに二八、五〇〇円を支払つたことが認められる。(後略)

山梨金蔵が昭和二八年一〇月一一日死亡したことは、当事者間に争がなく、同人の相続人の一人である山梨賢一が昭和三〇年一〇月三日頃被告浅井勝蔵および浅井健三に対し、右代金の残額を同年一〇月一〇日までに支払うこと、もしその期日までに支払わないときは、前記売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは、被告らの自認するところであるが、(証拠省略)被告浅井勝蔵は、残代金として、九、〇〇〇円を山梨賢一方に持参したが、同人は代金の値上を主張して、これを受預しないので同被告は、同年一〇月八日これを静岡地方法務局に供託したことが認められ、右認定を覆すにたる証拠はない。

この事実によれば、被告浅井勝蔵が供託した金員は、前記売買契約により、同被告および浅井健三の支払うべき代金および利息の合計三八、五〇〇円から当時支払ずみの二八、五〇〇円を控除した一〇、〇〇〇円に一、〇〇〇円満たないものであるが、成立に争のない第三号証によれば、山梨賢一のなした前記催告には代金三万六千五百円の土地売買に間する仮契約契約は、その後残金支払いの請求を再三するも……」と記載されているだけで、残金についての明示のないことが認められ、このことからすれば、被告浅井勝蔵は、計算違いで、一、〇〇〇円不足した全員を供託したものであつて、残金が一〇、〇〇〇円であることを知つていたならば、同額の金員を供託したであろうことは、推認するに難くなく、しかも、ほんらいの代金は、全額支払われていることでもあるし、また、一、〇〇〇円の不足額は、前記代金および利息の総額にくらべれば、僅少なものにすぎないとはいえるから、昭和三〇年一〇月一〇日までに代金および利息が完済されなかつたことを理由に、前記解除の効力が発生したと判断することはできない。

五、前記被告浅井勝蔵の供述によれば、被告浅井健三は、協議のうえ、第一の土地を前者の、第二の土地を後者の、右所有とすることとしたこと、浅井健三は、昭和三四年六月二八日頃死亡し、被告浅井まさと被告義幸が、相続により、第二の土地に対する浅井健三の所有権を共同して承継したことが認められる。

六、叙上の事実を要約すれば、

(一)山梨金蔵は、昭和二五年五月一二日第一および第二の土地を被告浅井勝蔵および浅井健三に売り渡し、現在では、被告浅井勝蔵が第一の土地を所有し、浅井健三の相続人である被告浅井まさと被告浅井義幸が第二の土地を共有している。

(二)山梨金蔵の相続人である山梨賢一らは、昭和三二年七月一一日右第一、第二の土地を含む原告主張の土地を原告に売り渡し同年七月一三日その旨の登記を経由した。

ということになる。

そこで、被告らは、その所有権の取得をもつて原告に対抗しうるかということが問題となる。

七、(一)おもうに、民法第一七七条が、物権の得喪、変更について、登記をもつてその対抗要件となしたゆえんは、法的安定の要請にかんがみ不動産取引は、すべて登記によつて公示し、もつて取引に安定した基礎を与えようとするものであることはいうまでもない。

そうして、不動産取引についての自由競争は、公正なものである限り、これを認めなければならないし、物権を取得したものは、その許された自由競争に対処するためただちに、登記をして、自己の権利を確保すべきものであつて、それを怠つたことによつて、不利益をこうむるのは、やむをえないところであるから、第三者が、たとえ、すでにその目的物について、物権を取得したものがあることを知つて、その物件について、その物権と相いれない物権を取得し、その旨の登記を経由したとしても、その第三者の権利は、その取引が公正なものである限り、原則として、保護されなければならないということができる。

(二)しかしながら、

(1)その第三者の取引が公正を欠くと認められるならば、むしろ、すでに物権を取得した未登記の権利者の利益を保護することが妥当と考えられるのである。

(2)ことに、未登記の権利者が、その目的物たる土地のうえに、建物を建築するなどして、これをその生活ないし社会活動の本拠としている場合においては、その権利を保障することが居住者の生存権的保障という見地から要請されるわけである。それであるから、不動産取引の安全ないし安定を確保することと、目的不動産(土地)を使用する権利(それは、所有権であることもあろうし、賃借権などであることもあろう)を保障して、その居住の安定を、確保することとのいずれに重きを置くのが、法の目的に適合するかということが考慮にいれられなければならない。この場合、この土地を居住の用に供しているものは、その土地に対する権利を否定されることによつて、生活の本拠を奪われるといういちじるしい損害をこうむるのに対し、第三者は、特別の事情のない限り、その土地についての権利を取得しえなくとも、金銭的に補償されうる損害をこうむるに過ぎないことを考える必要がある。

すなわち、現行法の体系のもとにおいては、一方では、自由にして公正な経済競争を認めるという見地から、不動産取引の安定ないし安全を保障すべきであるという要請が成り立つとともに、他方では、社会の各人に人間たるに値する生活を保障するという見地から、居住の安定をえさしめるべきであるという要請が成り立つのであつて、(借地・借家法は、かような要請にもとずいて制定されたものである)この二つの要請を調和させ、その均衡をえしめることが、正義の内容を形づくるということができる。

ところで、公示の方法として設けられた登記の制度は、不動産取引の安定をはかるという一般的な目的をもつとともに、登記に対する第三者の信頼を保護することをも目的とするものである。

それであるから、不動産取引の安定をはかるためには、いちおう第三者の善意悪意は問わないということができるかもしれないが、右に述べたような他の要素が加わる場合においては、不動産取引の安定を害しない限り、善意の第三者だけを保護するということも考えうることであろう。

してみれば、右の場合、未登記の権利者と悪意の第三者とのいずれを保護することが妥当かといえば、特別の事情のない限り、未登記の権利者の居住の安定を確保して、そのこうむるべきいちじるしい損害を避けることが正義の目的にかなうものと考えたい。

すなわち、居住の用に供されている土地については、未登記の権利者は、悪意の第三者に対する相対的な関係においては(その悪意の第三者からさらに権利を取得した善意の第三者は含まない趣旨で)、その権利をもつて対抗することができると解する。

八 これを本件についてみると、被告浅井勝蔵の供述によれば、被告らおよびその先代は、昭和一一年頃から、前記第一および第二の土地を山梨金蔵から賃借して、それぞれ第一、第二の建物を建築所有していたが、その土地を前記のごとく買受けるにいたつたものであつて、それ以後、土地を右のように使用していること(原告が所有権取得登記を経由してから後、被告らが右土地を右のごとく占有していることは、当事者間に争がない)が認められる。

そうして、成立に争のない乙第八号証と原告の供述によれば、原告は、昭和三二年七月一一日当時(それが原告が、前記土地を買受けた日であることは、さきに認定したとおりである)、被告らが右のように、第一および第二の土地に建物を建築していることを知つていたこと、原告は、転売による利益を得る目的で、右土地を買受けたものであることが認められる。ただ、原告は、被告らが、右土地を山梨金蔵から買受けたことは知らなかつたと供述しているが、二、で認定したように、原告が山梨賢一と通謀して、内容が虚偽の乙第八号証および乙第九号証を作成し、ことさら原告が昭和二一年二月一日に右土地を買受けたように偽装していることに徴すれば、原告の右供述は信用できず、かえつて、被告らが、右土地をすでに買受けていることを知つていたものと判断せざるをえない。

のみならず、原告が、右のような手段を弄してまで(なお、証人山梨賢一が、前記のごとく、被告らから受領した金員は、売買代金ではなくして地代であるというような一見明白な虚偽の供述をしていることは、同人と原告の通謀を裏書するものである)、被告らの権利を否定しようとすることは、明かに不公正なやり方であるといわなければならない。

してみれば、被告らは、第一および第二の土地の所有権の取得については、その旨の登記なくして、原告に対抗しうるといわなければならない。

九、そうすると、原告は、被告らに対しては、右第一および第二の土地の所有権の取得を主張しえないわけであるから、原告が、右右土地に対する所有権を有することを前提として、被告らに、その土地の明渡と被告らの右各土地の占有によつてこうむつた損害の賠償を求める原告の本訴請求は、さらに判断するまでもなく失当である。

一〇、よつて、原告の本訴請求は、いずれもこれを棄却し、訴訟費用は、敗訴の当事者である原告に負担させることとし、主文のとおり判決する。

昭和三六年一月三一日

静岡地方裁判所

裁判官 高 島 良 一

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